地球と愛そして平和


「地球と愛そして平和」を願い、日常的なことや太陽や虹の写真とメッセージなどを発信しています。対面にてメッセージとビジョンもお伝えさせていただく活動もしています。ヒーリングルームまで
by coco20051204
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2014年 03月 13日 ( 1 )


天国の母と

すっかりご無沙汰しています。

実は昨年の12月に、最愛の母が天国へと旅立ってしまいました。

病名は「大腸がん」です。

抗がん剤も頑張って9回も受けていましたが、癌に負けてしまいました。

かなり、傷心しておりましたのでブログもすっかり放置してしまいました。


今思えば不思議なことが沢山ありました。

母が病気になる2年くらい前になるでしょうか、ある日の朝方、女性の声が聞こえてきました。

「お母さんを よろしくね」

ちゃんと見てあげて、、というようなニュアンスだと思いますが、

複雑な事情があって疎遠になっている祖母が他界したのでは?と私は思って、母にその話をしました。

すると、母は

「祖母は亡くなっていないわ。亡くなったらわかるもの。それは、私ではない?」

と意味深なことを言っていたのです。

実際、今になって分かったことですが、祖母は他界していませんでした。


母のSОSだったのかもしれません。

この頃から、母の様子はおかしかったと思います。


母は熟年再婚ですが、再婚相手は穏やかなタイプではありませんでした。

毎日穏やかな日々を過ごしていなかったので、ストレスがたまっていたのを知っていました。

母も母子家庭として、3人を育てた人ですから、強い心を持っています。

言う通りにはいかない母。毅然とした態度の母。男としては、カチンとくることが多かったのだと思います。

長い年月をかけでですが、何か様子がおかしい、、と思いながらも月日は流れ、その後体調を崩して癌が見つかりました。

私達姉妹は極力、笑顔を沢山増やしました。

笑って楽しんで、病気を少しでもふっとばそうと思い、大丈夫、心配ないといつも笑顔で会話していました。

ですが、養父は辛かったのでしょう。

常に自分なりの対応を心掛けて、自分が1番と頑張っていましたが、大きなお世話に変わってしまいました。

それに気がつかない養父は、自分の努力や気持ちが伝わらないことに苛立ち、ナースにも対応が悪くなり、私達にも「お見舞いにこなくてもよかったのに」と言うようになりました。

母にも苛立ちを表にだし、面会時間を無視して朝早くから来て、疲れた辛いということを表に出して帰っていきました。

亡くなる直前まで、態度は変わらなかったですね。


でも、養父は母が亡くなって気づいたようです。

人が気づくというのは、不思議なのですが、人が亡くなることはとても大きく、そのことで気づくことも大きいのかもしれません。

亡くなる前にどうして出来なかったの?と思いますが、それは「甘え」なのでしょう。

そんな養父といた母は、偉大な人だと思います。


私も母の他界で気づいたことは大きく、感謝の気持ちしかありません。

母は永遠に偉大な人ですね。


次は、母と私の不思議な会話について話したいと思います。

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大雪の日に、息子と作った雪だるま
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by coco20051204 | 2014-03-13 14:39 | ☆感じたこと思ったこと